Windflowers

美術・猫・本など興味ある事柄や日々の徒然を綴るブログです。

2007年06月の記事

ウンディーネ ―哀しき水の女


ウォーターハウス ウンディーネ 1872


本日は雨乞い企画第二弾として
「水の女」の画家ウォーターハウスが描いた、最初の「水の女」をご紹介します。

『ウンディーネ』はドイツ・ロマン主義の作家モット男爵が1812年に発表した小説です。
水の精ウンディーネは騎士フルトブラントと結婚し、人間として魂を得ますが、
幸せは長くは続かず夫に拒絶されてしまいます。
そのため精霊として自然界に帰らなければならなくなった彼女は
噴水から花嫁姿で現れ、自らの運命を嘆きながら
夫フルトブラントの命を口づけによって奪います。
フルトブラントは至福と苦悶に包まれて死んでいきます。

ウンディーネの流れるような金髪と体つきは
後ろの噴水とともに彼女の本質が「水」であることを表しています。
すなわち「あらゆる生命の根源」であり、
「生と死をめぐる時の流れの象徴」であり、
「受身であり、どんな器にも収まるが、最終的にはすべてを呑み込んでしまうもの」です。

そしてこの物語は世紀末に好まれた「愛と死」を主題としたものです。
ウンディーネの白い胸元は彼女の官能的魅力を具現化し
彼女が「死の口づけ」を振舞うにふさわしい存在であることを示しています。

哀しき「宿命の女」ウンディーネは
後のウォーターハウスの多くの作品に登場する女たちの原点といえるでしょう。
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久々に金さん



昨日「雨乞い」をすると記事にしましたが、
結局やったのはシーツやタオルケットも含めた洗濯と
寝室の掃除だけでした。
そのためかいまだ雨にはなりません。

新しいタオルシーツをかけ、部屋を離れると、
いつの間にか金さんがやってきてくつろいでいました。
ポーズがすごくきれいだったので写真を撮ろうとしたのですが、
とたんにじゃれ付いてきてまともに撮ることができませんでした。
結局この一枚を撮るのが精一杯でした。

やんちゃ坊主で暴れゴマで大食(タージ)の金さんですが、
見た目はあくまで上品な貴公子です。
近所の人にも「きれいな猫」といわれています。

雨乞い


ルノワール 雨傘


夏本番のような天気が続いていますが、
当地では明日以降雨がちになりそうです。

幸いにして私の住む地域では適度に雨が降っているのですが、
今年は全国的に空梅雨のようなので
雨乞い向きの絵を掲げてみました。
okiさんコメント感謝いたします。

19世紀後半になってそれまで高級品だった雨傘は
大量生産と軽量化によって、一気に普及しました。
雨が降ると人々はそれぞれ自慢の傘を広げたそうです。
しかしこの絵の左手前の質素な身なりの娘は傘を持っていません。
当時雨傘が一般に普及したというものの、
やはり貧しい人たちは傘を買うことはできなかったようです。

うちでは母が家中をぴかぴかに磨き上げたり、
私が丁寧に掃除をしたりすることを「雨乞い」と呼びます。
つまり「日ごろしないことをすると雨が降る」ということです。
明日は「雨乞い」をしようかと思っています。

梅雨は何処へ?



数日間雨が降り続いたかと思うと、
一転ここ2,3日は真夏日が続いています。

私は真夏は嫌いではないのですが、
熱が体にこもるので苦手なのです。
このまま夏になってしまうと、体がついていかないかもしれません。

上の絵はヘンリー・ライランド『海の薔薇』です。
夏らしい絵をと思い選んでみました。

さつきが(BlogPet)

さつきが、
この作品の紹介に変化したいと思います



EdmundBlairLeighton “'TillDeathUsDoPart'”
 19世紀を
一番、絵画とか大きい騎士など数多く描いた作品から、
「象徴としての花嫁」
だったようですね


しかしシリーズ完結はやはり「死の花嫁」


しかしシリーズ完結はやはり幸せそうな花嫁の姿が描かれていきました

一番インパクトがあったのはやはり「死の花嫁」
シリーズですが、
私の絵画の趣味のせいか
だんだんと「幸せな花嫁の姿を取り上げたくなりました」

一番インパクトがあったのはやはり「死が二人を分かつまで」


しかしシリーズ完結はやはり「死が二人を分かつまで」


*このエントリは、ブログペットの「さつき」が書きました。

♪すき すき すき すき すきっすき

あいしてる♪



♪すき すき すき すき すきっすき さつきさん♪

おそらくある年齢以上の方ならどなたもご存知の一節だと思います。
私はこよなくさっちゃんを愛していますが、
なぜこのようなフレーズから書き始めたかというと
さっちゃんのある行動に由来するのです。

先日さっちゃんと金さんのために
茶の間から玄関の衝立の上までの橋を作りました。
金さんは喜んでその橋を渡って衝立の上に行くのですが、
さっちゃんは全くその橋を渡ろうとしません。
これまでは窓から衝立まで跳んで渡っていたので、
さっちゃんにとって橋は「子供の渡るもの」のようなのです。

どうやらさっちゃんには「このはしわたるべからず」という立て札が見えているようです。

六月の花嫁 「お開き」


Edmund Blair Leighton “Signing The Register”


婚姻証明書にサインする花嫁の姿が描かれています。
エドモント・ブレア・レイトンは中世の騎士と姫君などの題材を数多く描いた画家ですが、
この作品では19世紀当時の結婚式風景を描いています。

不定期的にお届けした「六月の花嫁」シリーズですが、
私の絵画の趣味のせいか
だんだんと「幸せな花嫁」を描いた作品から、
「象徴としての花嫁」を描いた作品の紹介に変化していきました。
一番インパクトがあったのはやはり『死の花嫁』だったようですね。

しかしシリーズ完結はやはり幸せそうな花嫁の姿を取り上げたくなりました。

『死が二人を分かつまで』と題された作品をご紹介して、
「六月の花嫁」シリーズはお開きにしたいと思います。


Edmund Blair Leighton “'Till Death Us Do Part'” 1878

六月の花嫁 vol.6 三人の花嫁


トーロップ 三人の花嫁 1893


「花嫁」を描いたあらゆる絵画作品の中で最も異色の作品かもしれません。

清純そのものでどこか頼りなげな「天国の花嫁」
官能性と母性を併せ持ち穏やかに微笑む「地上の花嫁」
毅然とした意志の強そうな瞳が印象的な「地獄の花嫁」

三人はそれぞれ異なる道を歩んでいくようですが、
私は自らの意思で宿命を選び取り、それを甘受するか如き「地獄の花嫁」に心惹かれます。


池に飛び込む猫

愛媛県内では渇水対策が日々進行していますが、
私の住むところでは比較的雨がよく降っています。
今日は一日大雨でした。

雨の中でもさっちゃんは外へ出かけます。
そして「濡れ猫」(濡れ鼠ではありません)になって帰ってきます。
さっちゃんはやや毛が深いので
一度濡れるとなかなか乾きません。

金さんは家にいたのですが、
蛙を狙って庭に出て、その蛙が池に飛び込んだと思ったら、
自分も頭から飛び込んでしまいました。
すぐに自力で池から上がったようですが、
うちに猫がやってきて20年になりますけれど、
池に飛び込んだ猫はこれまでいませんでした。
金さんは短毛なので、あまり濡れ猫にはならなかったようです。

池に飛び込んだ猫はいませんが、
浴槽に飛び込んだ猫は過去にいました。
それは「チロ」です。(当時小さな子猫でした)
私の入浴中、風呂場に入ってきて走り回ってきたかと思えば
いきなり「ドボーン、バチャバチャ」となって
浮いたり沈んだりしていたのです。
あわててチロを浴槽から引き上げ、母のところへ連れて行った記憶があります。

六月の花嫁 vol.5 死の花嫁


トーマス・クーパー・ゴッチ 死の花嫁 1894-95


およそ「六月の花嫁」のイメージからは程遠い作品ですが、
「花嫁」の描かれた数々の作品の中でも最も好きなものの一つです。

黒い衣裳とベール、罌粟で作られた花冠、赤と紫の雛罌粟の花など
いずれも「死」を色濃く匂わせるものです。
(雛罌粟には毒性は含まれませんが、ここではあえて罌粟と混同しているようです。)

彼女は「死」のもとへ嫁いで行くのでしょうか?
それとも彼女自身が「死」で、犠牲者たる花婿を迎えるのでしょうか?
誰もが逃れ得ない「死」という宿命を
美しく微笑む乙女の姿で表したものが
『死の花嫁』であるのかもしれません。
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