Windflowers

美術・猫・本など興味ある事柄や日々の徒然を綴るブログです。

2009年02月の記事

県連想シリーズ! (今日のテーマ)

BlogPet 今日のテーマ 県連想シリーズ!
「「広島県」で連想するものは? 」
●もみじ饅頭
●安芸の宮島
●平和公園  です。

広島県へは広島市や福山市などでの展覧会があるときに何度か行っています。
また広島在住の友人もいるので、私にとって身近な場所の一つです。

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元気にしています

『サロメ』シリーズを完結させてから
ブログ更新がすっかりご無沙汰になっています。
その間にも季節は移り変わり、
道を歩けば水仙、菜の花、梅、緋寒桜と早春を告げる花々が咲いています。

現在とても元気にしていて、毎日のようにネットにも接続しているのですが、
ネットサーフィンに夢中になって時間があっという間に過ぎてしまっています。

もうしばらくすれば新たな記事の作成意欲が湧いてくると思います。

緋寒桜(BlogPet)

千露の「緋寒桜」のまねしてかいてみるね

地元の公園に咲いた緋寒桜です!

*このエントリは、ブログペットの「さつき」が書きました。

緋寒桜


地元の公園に咲いた緋寒桜です。

今日は寒風吹き荒れる一日でしたが、
この花は確実に春が近づいていることを教えてくれます。

サロメ終幕


サロメ巻末のカットです。
道化と悪魔がサロメを不思議な形の棺に納めようとしています。
側にあるのは巨大な化粧パフのようです。

ワイルドは『サロメ』において
モローの絵のようなビザンティン風の神秘的世界を表現しようとしていました。
彼ははじめビアズリーの作り出す世界に大いに期待していましたが、
ビアズリーの風刺的・性的要素を多分に含んだ戯画的描写や
浮世絵や版画から影響を受けた「日本風」な表現に対して
次第に嫌悪感を示すようになりました。

しかしながら現在ではワイルド『サロメ』とビアズリーの名は
切っても切れない関係になっています。
『サロメ』に登場する様々な倒錯的な愛の形、頽廃的な雰囲気は
ビアズリーの巧みな線描と白黒のコントラストによって
誰の目にも明らかなものになったといえるでしょう。


参考文献
サロメ ワイルド 佐々木直次郎 訳
サロメ図像学 井村君江
サロメ―永遠の妖女― 山川鴻三
エロスの美術と物語 利倉隆

クライマックス~ビアズリー『サロメ』vol.12


ああ!わたしはお前の口に接吻したよ、ヨカナーン、わたしはお前の口に接吻したよ。
ワイルド『サロメ』より

ヨカナーンの首を手に入れたサロメはその口に接吻します。
もはやサロメを見ることもなく、彼女に語りかけることもないヨカナーンに対し、
彼女は自分がいかにヨカナーンを愛しているか語りかけます。
首を手に入れて自分の思いのままに出るようになったにもかかわらず、
サロメの心の渇きは癒されることなくヨカナーンを求めてやまないのです。

「ヨカナーンの首」を求めたサロメの姿は一見猟奇的なものですが、
彼女は欲しいと思う気持ちを純粋に実行したに過ぎず、
それだけヨカナーンに対する思いが一途であったことを表します。
ワイルドは彼女の年齢を14歳くらいに想定していたようですが、
未熟な少女であるからこそ、その思いは純粋で一途であり、
結果を考えず愛を成就させるため突き進んだといえます。

ビアズリー描くサロメの髪は蛇のようにうねり、
ヨカナーンの血からは百合の花が咲き出でています。
百合は純潔を象徴する聖なる花ですが、
この花は聖人の血を滋養にして咲く「悪の花」といえるでしょう。

サロメは清浄無垢な処女でしたが、
ヨカナーンに恋して愛より他のものは考えられなくなってしまいました。
その結果がヨカナーンの斬首となったのです。

ヘロデ王はサロメに対し妻の連れ子以上の感情を抱いていましたが、
ヨカナーンの首を求め、首を斬らせたサロメに対し恐怖を抱き、彼女を殺すよう命じます。
サロメは兵士たちの楯に押し殺されます。

ビアズリーのサロメの蛇のような髪は、ヘロデが彼女に見出した魔性の象徴です。
少女が「少女」でなくなったことへの嫌悪、恐れがヘロデを支配し、
サロメを殺させることとなったのだと思います。

作成(BlogPet)

きょうさつきは検閲したいです。
だけど、壁画を収録するつもりだった?
だけど、千露でヨーロッパに変化すればよかった?
だけど、影響したかったの♪
それで千露は右手とか作成したかも。
でも、さつきが衣裳デザインも連作するつもりだった。

*このエントリは、ブログペットの「さつき」が書きました。

舞姫の褒美~ビアズリー『サロメ』vol.11


わたしは今でもお前を愛しているのだよ、ヨカナーン。わたしはお前だけしか愛していない。
ワイルド『サロメ』より

七つの面紗の舞踏を舞い終わったサロメは
ヘロデ王に褒美としてヨカナーンの首を賜るよう求めます。
王はエメラルドや白孔雀など様々な財宝を与えようと持ちかけ、
ヨカナーンの首を求めることをやめさせようとしますが、
サロメの望みが覆ることはありませんでした。
銀の大皿に乗せられたヨカナーンの首がサロメのもとに運ばれてきます。

ビアズリーはこの構図をグイド・レーニの『サロメ』に基づいて描きました。
しかし多くの人物が描かれたレーニの作品に対し、
ビアズリーはサロメとヨカナーンの首、
そして大皿を捧げ持つ処刑人の腕だけという簡潔な表現にしています。

邪悪な喜びに満ちた表情のサロメは
恋焦がれたヨカナーンをようやく意のままにしようとしています。

Le Chant d'Amour~愛の唄

本日のバレンタインデーにちなんだ記事を別ページにて作成しました。

現在My Sweet Roseのトップページに使用している作品について紹介しております。
こちらよりご覧くださいませ。

閑話休題~サロメ七変化

古くから「踊るサロメ」の姿は様々な形で視覚化されています。
中世の羊皮紙に描かれた細密画や教会のレリーフなどには
まるで曲芸師のように逆立ちして踊るサロメが表されています。

ルネサンス期になると優美に裳裾を翻して踊るサロメが描かれるようになります。

  

左からフィリッポ・リッピ、ゴッツォーリ、ギルランダイオの描くサロメです。
リッピの描く踊るサロメはこの主題を描いたルネサンス絵画の中でも
最も美しいものの一つではないかと思います。
この作品に見られるような流麗な線描は後に弟子のボッティチェリに受け継がれます。
ゴッツォーリはメディチ家の人々を東方三博士として描いた豪華な壁画で知られれています。
ギルランダイオは宗教画のほかに優美な貴婦人の肖像画でも知られ、
この壁画に描かれたサロメも美しい貴婦人として描かれています。

バロック期に入ると「踊るサロメ」よりも「ヨハネの首を持つサロメ」のほうが多く描かれるようになり、
18世紀以降は宗教的主題そのものがあまり描かれなくなりました。

「踊るサロメ」の姿が復活したのは19世紀後半モローの手によってです。
彼の描く踊るサロメはその後のサロメ像に決定的な影響を与えました。



『ヘロデ王の前で踊るサロメ』では蓮の花を手にし、爪先立ちで踊るサロメが描かれています。
ワイルドは絢爛豪華な装いのサロメを「ビザンティン的」と感じ、
自らの『サロメ』のイメージの源泉としました。
ユイスマンスはこのサロメに
「近づく者、見る者、触れる者すべてに毒を与える『女獣』」としての姿を見出しました。
こうして「宿命の女―Famme Fatale」としてのサロメ像が確立したのです。



クリムト『期待』は別名『ひとり踊るサロメ』と呼ばれています。
黄金に輝く様式化された表現はまさしく「ビザンティン風」といえます。
官能的な女性像を数多く描いたクリムトですが、
ここに描かれているのは少女といっていいような幼い風貌の女性です。
無垢な乙女の「目覚め」と「期待」が描かれているように思えます。



バレエ・リュスの衣裳デザインを手がけたレオン・バクストによる『サロメ』です。
実際に踊ることを想定してデザインされた衣裳のため、非常に軽やかな雰囲気です。
この衣裳からサロメの踊りはそれまでヨーロッパで一般的だった踊りとは異なる
東洋的な踊りとして表現されたことが分かります。



シュトゥック描くサロメです。
半裸で上半身を仰け反らせ、激しく腰を振って踊る姿は
モローやクリムトが象徴的に表していたサロメの「女」としての姿をむき出しにしたものといえます。

ピカソはサーカスの軽業師のような裸で踊るサロメを描き、
ヴァン=ドンゲンはベリーダンサーのようなサロメを描いたように
20世紀に入ってからも「踊るサロメ」は描かれましたが、
「宿命の女」としての業を一身に受けたかのようなサロメが生み出されることはありませんでした。

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