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Windflowers

美術・猫・本など興味ある事柄や日々の徒然を綴るブログです。

セイレーン Famme Fatale vol.3

惑わしのシレンは
君の手を取りて
いと甘き声で
君を誘うよ



レイトン 漁師とセイレーン


上は『帰れソレントへ』の一節ですが、
この中の「シレン」はセイレーンのことです。
セイレーンは船乗りを魔法の歌声で死にいざなう恐ろしい海の怪物で、
元来女の頭部と鳥の体を持った姿と考えられていましたが、
後には美しい女の上半身と魚の下半身を持った姿で表されるようになりました。

レイトンの描くセイレーンも美しい誘惑者として描かれています。
彼女は柔肌を愛しげに若い漁師に寄せていますが、
冷たい鱗を持つ下半身は犠牲者を絡めとるための道具となっているようです。


モロー 詩人とセイレーン


モローの描く女性像は裸体であっても中性的な姿が多いのですが、
こちらは珍しく肉感的な姿で描かれています。
誘惑者セイレーンの官能美に詩人(理性)も屈してしまったようです。


ロセッティ Ligeia Siren


こちらはロセッティの数少ない裸婦像の一つです。
楽器を奏で歌うセイレーンの美しさが画面いっぱいに描き出されています。


ベックリン 静かな海


燃えるような赤い色の髪とはちきれんばかりの肉体を持ち
妖艶に微笑んで手招きする人魚の姿は
まさに「ファム・ファタル」そのものです。
人魚のそばの餌を探す水鳥は誘惑者である人魚の象徴で、
水面下に沈む男の人魚は彼女に惑わされた犠牲者です。

人魚の登場する物語で最もよく知られているのが
アンデルセン『人魚姫』です。
人間の王子に恋をして
それを叶えるために美しい声と引き換えに人間の足を得た人魚姫ですが、
その愛を成就させることは叶わず、海の泡となってしまいます。
一般に誘惑者とされる人魚ですが、
この物語の人魚姫はオフィーリアやシャロットの女のような
報われぬ愛に殉じる犠牲者となっています。

セイレーン=人魚の最大の魅力(武器)は人の魂をつかんで離さない「声」です。
その「声」を失ってしまった人魚姫は愛の勝者となることが出来なかったのです。
それでもなお彼女が人間の足を欲しがったのかは
『ファム・ファタル 妖婦伝』によると、
愛する人と心身共に結ばれたいという願望からであるとされています。
セイレーンは「女性」そのものを象徴するとされています。
美しく官能的な裸の上半身は男性の情欲をそそるのですが、
魚の尾ひれに包まれた下半身は男性を受け入れることを拒否しています。
男にとって一番身近な「他者」である「女」という存在は
常に側にありながらも決して深淵に触れることの出来ない存在のようです。

またセイレーンの棲む「水」の世界は
生命を育み、産み出す世界でもあります。
セイレーンに誘惑され水底へ引きずり込まれる姿には
母胎への回帰願望が潜んでいるのかもしれません。
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